とはずがたり

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ふれる
整体やボディワークの講習なんかで、人の身体に触れさせてもらうとき、
自分の中にいろいろな発見が起きてくる。


腰をしっかり据えて、地に足を付けて、頭はぽかんとさせた状態で相手に触れる。
すると相手の温かさが自分に流れ込んできて、ぼーっとしてくる。
こういう時間は、とても幸福。
目の前の相手と共に生きている、という実感で満たされる。

でも、余計なことを考えて相手の身体をどうにかしようとがんばりすぎると、
それが力みとなり、私と相手をつなぐ回路が途切れてしまう。

思えば私は日常の中でもよく力んでいる。 ふと気づくと、歯を食いしばっていたり、息が止まっていたりする。
この身構えがほどけたら、人との関わりが今よりもう少し、幸福なものになるのかも。


人の身体に触れる時間は、私の生きざまが凝縮されるようで面白い。
小さな発見の積み重ねを大切にしながら、優しい身体を持つ人になっていきたい。
00:00 | からだ | comments(0) | trackbacks(0) | author : K
ふれてもらう
身体の底からうれしくなれて、安心できて、幸せになれることをやってみたくて、
最近はマッサージを学ぼうという意欲に沸いている。


それで、実際に何人かの方からオイルマッサージをしていただいて、改めて人の身体に触れる/触れてもらうことの心地よさについて思いを巡らせていた。



たとえば・・・
ある方のオイルマッサージはとても心地よいものだった。
痛みを感じることも揉み返しも全くない。
それどころか、身体の内側から血の気が蘇ってきて、自分の声がいつもよりも柔らかく出るようにまでなった。


これはすごい効果…!


と思ったのだけれど、何か釈然としない。
この方から、この手技をどうしても教わりたい!という気持ちになれないのだ。


なので、その方に触れてもらったときの、身体の記憶をじっくり探りながら触感を振り返ってみた。

まず直感的にあったのは、心の物足りなさだ。触れ合えた幸福感がなかった。
そして次には、その方の手つきには「ここをこうすれば、こうなれる、だからこうすれば間違いない」という一種の「職人らしさ」みたいなもの、があったことに気付いた。


確かにその方は、大勢の方の不調を治してきた、マッサージのプロフェッショナルなのだと思う。実際、とてつもない効果があった。でも私は、そういった「職人技」を身につけたいわけではないのかもしれないなぁ……と、釈然としない気持ちの正体が少しだけわかった気がした。
21:24 | からだ | comments(0) | trackbacks(0) | author : K
すっきり感のない日々のこと、骨盤の声を聴くこと
新年度を迎えた今年の四月頃から、なんとなく不調、と感じる日が続いた。



まず、頭が慢性的に痛む。おでこのあたりが、ぼーっと火照る。
ふと気が付くと、下を向いて歩いてばかり。

甘いものが無性に食べたくなって、わっと食べては見るけれど満足できない。
むしろなんだか虚しいくらい。

平日よりも、休日にぐったりとしただるい感じがある。
・・・などなど。

病院にいくほどでもないけれど、身体にすっきり感の持てない日々を過ごしていた。



健康って何だろう…。
そんな疑問を感じていた折、片山洋次郎さんの整体法に出会った。

それが私にはとても合っていて、上に書いたような不調の数々が、
どうやら骨盤の弾力が損なわれているためのものであることを知った。



寝る前に、整体法を試すと、腰や背骨が敷布団にゆったりと密着してくれる。
身体を床にあずけて眠ることの心地よさを取り戻せてきた。
以前は朝目が覚めると、腰がびーんと強張っていて、あおむけに寝る身体が弓なりに反っているほどだった。

私の場合、腰椎1番と3番を緩めるのが、とくに気持ちがいい。
やっていると懐かしさに似た安堵感を覚える。

逆を考えると、ストレスがそこに蓄積されやすいということなのか・・・。


と、
最近は骨盤の声を聴きとりながら、身体を緩ませることを楽しんでいる。
 
18:23 | からだ | comments(0) | trackbacks(0) | author : K